或日記

最近140文字に収まらない事書くことが多いので開設しました。名前は適当です。

月刊「摩天楼」プロジェクトについて

この度、月刊「摩天楼」というプロジェクトを立ち上げました。月刊「摩天楼」とはなんなのか、概要などを書き連ねています。

 

月刊「摩天楼」とは何か

 月刊「摩天楼」は、普段の20,30分のライブステージでは伝わらない、伝えきれない、何か理由があって伝えていない、アーティストひとりひとりの音楽にかける想いや、曲作りに対する考えに焦点を当て、それを対談形式で紹介することを通じて、アーティスト同士はもちろん、アーティストを支えるお客さんも一緒になって、ひとりひとりご自身における音楽の在り方や、自らの思想(感性や価値観といったもの)についての考えを深め、それを昇華していくというプロジェクトです。

 毎月の対談の様子は、ラジオ番組仕立てにまとめ、Apple MusicやSpotify等の付帯サービスとして展開されている「ポッドキャストPodcast)」に配信していきます。本プロジェクトの趣旨からは逸脱しますが、アーティストの皆さま一人ひとりに焦点を当てたものですし、ご自身の音楽活動の一つであると本プロジェクトは考えておりますので、今後のライブ情報など皆さまの音楽活動の支えとなるような情報発信も行っていきたいと考えている次第です。

 

月刊「摩天楼」を行うにあたり・・・

 この月刊「摩天楼」ですが、どのようにおこなっていくのか?

 「月刊」と名乗っているように、毎月やっていきます(いきたい)

 具体的には、前提として普段のライブ形式では伝わらないモノに焦点を当てる以上、従来のライブ形式では本プロジェクトは達成出来ないと考えています。

 そこで、毎月一組のアーティストに独占取材のような形でインタビュー:2,3曲程度演奏を交えながら、本プロジェクトにまつわる事について語って頂き、それをレコーディングしてラジオ番組のようにまとめて、ポッドキャストサービスApple Podcasts, Spotify Podcast, Google Podcast, Anchor)に配信していきます

 そして、ある程度取材アーティストの組数がまとまってきたら、月刊「摩天楼」(以下、本番組とします)のリスナーの皆さん(リスナーなんて出来るのか不安で不安で仕方ないですがアセアセ)や、過去の本番組への出演者同士で、「この方のお話がもっと聞きたい!」「取材での話を聞いて改めて曲を聴いてみたい(ライブが観たい)!」といった、反響の大きかったアーティストを中心に、今度は実際にHWGのステージでライブ形式のような形で行います(総集編のような感じ)。

まとめると、

  • 毎月:一組のアーティストをお呼びしてポッドキャスト配信
  • 年1くらい:総集編の如く、HWGのステージでライブ形式のように開催

と、いう具合に連鎖的に続けていければな、と考えています。

 ですが、正直何もかもが初めてですし、本プロジェクトが皆さんに受け入れて頂けるかも皆目見当つかないので、最初の半年くらいは様子見も兼ねて試行錯誤をしながらやっていければなぁと考えています。そのため、最初のうちはどうしても私と個人的に関わりがある方が中心になると思います。ですが、本プロジェクトが軌道に乗って多くの人々に認知されていけば、それまで私と個人的な関わりは無かった方などもご出演頂けば幸いです。

 

プロジェクトへのご参加から終了までの流れ

 本プロジェクトへの参加からポッドキャストへの配信までは、概ね1ヶ月~1ヶ月半程度を要すると考えています。そのうち、ご出演頂く方から頂戴するお時間は、事前打ち合わせと実際の番組収録の2~3日間です。まず、本プロジェクトへのご参加(番組へのご出演)の承諾を承ったのち、1週間~10日程度で実際に収録する際にお話し頂く内容をご自身で決めて頂き(そこまで筋道立ててがっちり決めなくても大丈夫です)、その後事前打ち合わせということで、私、制作サイドと、番組収録予定日・番組配信(公開)予定日のほか、実際に収録の際にどのような展開で対談するか、またその際に演奏する曲や順番など、具体的な項目を決めていきます。出来ればHWGにお集まり頂き、ある程度まとまった時間を費やして打ち合わせしたいですが、皆さまの予定の兼ね合いやこの時局ですので、Zoomによるオンラインや、最悪(?)TwitterのDM等、柔軟に対応します。また、取材内容や皆さまの要望などに応じて、事前打ち合わせを複数回行うことも想定しています。

 そして、事前打ち合わせから約1週間~10日後に、HWGのいつものステージで実際に番組収録を行います。収録内容の展開や演奏曲の確認など、最終調整を行ったのち、対談部分の収録をまず行い、その後演奏曲の収録を行います。先述の通り、本プロジェクトは普段のライブステージを端緒としている趣旨に鑑み、レコーディングのような本格的な録音ではなく、普段のライブステージ同様一発録りの要領で収録します。

 収録を終えたら制作サイド(私一人ですが)の方で編集作業に入ります。ご参加頂いた皆さまには大変恐縮ですが、番組全体は20~30分(うち対談部分は15~20分)程度を限度として制作するため、お話し頂いた内容全てを掲載する事が出来ない場合がございます。そのため、「どうしてもここは載せてほしい」や「ここは載せなくても大丈夫」など、打ち合わせ・収録の際にお申し付け頂けると幸いです。

 編集が終了し番組が完成したら、ご参加頂いた皆さまに試聴して頂き、展開・内容の確認をして頂きます。特に修正などの必要が無ければ、各種ポッドキャストサービスへアップロードし、サービスにより審査等で多少日程が前後する可能性がありますが、概ね打ち合わせで決定した予定日までに公開されて、一連の流れは終了です。

 

ポッドキャスト配信番組:月刊「摩天楼」の構成

一応、現時点での私自身の考えなので、ご出演頂く皆さまの意見なども交えていきたいと思いますが、以下の通りです。

  1. オープニング(~1分)
  2. 挨拶代わりの演奏1曲(3,4分)
  3. お話①(5,6分)
  4. 演奏2曲目〈任意〉(3,4分)*1
  5. お話②(7,8分)
  6. ライブInformation枠(1,2分)*2
  7. 締めのお話(2,3分)
  8. 別れの1曲(3,4分)

上記時間を合計すると、全体で25~32分になります。これが長いのか短いのかも含めて、やってみないと分からないところが多いです。はい。

「ライブinformation枠」は、冒頭で記した通り、本プロジェクトはアーティストご自身の音楽活動の一つであると考えているため、ライブ情報の発信をするための枠を設けています。副次的なものとして、HWGのライブ情報を発信するコーナーとして、まだライブスケジュールには未掲載のライブや、出演者募集中のライブなどの情報発信も行えていければ尚良いかなぁと個人的に考えています。なので、「ライブInformation枠」については、なるべく最新の情報に対応出来るよう、出演者のライブ情報については番組収録時に併せて収録しますが、HWGのライブ情報については番組収録時とは別のタイミングで収録したいと思います(HWGライブ情報コーナーは私が喋るので最悪宅録でもなんとかなるでしょ)

なぜこのプロジェクトを立ち上げたのか

 直接的な理由とかは実は特にないです。9月中旬の深夜2時くらいに、ベットに横になってTwitter見てた時にふと「普段のライブステージだけでは分からないアーティストの側面にスポットを当てる企画とか面白そうだなぁ」と思い付きました(聞いてない)

 ただ、私のこれまでのHWGでの出来事を振り返りながら考えると、ライブ中のMCでめちゃくちゃ想いを語っている出演者とか、「うぉーすげぇ(語彙力)」みたいな感想をもつMCってたまにあるじゃないですか?そういう話をもっと、ちゃんと聞いてみたいなぁって思うことないですか?恐らくそういう過去のライブで見聞きしてきたことが遠因なんじゃないかなぁ、とは思います。

 最後に、ご存知の方も多いと思いますが、私は曲作りはもちろん、楽器を手にして本格的な音楽活動をしたことのない、〝お客さん〟であり続ける者です。〝お客さん〟であり続ける者がアーティストの音楽性を問うようなことをすることは、本質的に理解することは出来ないと考えられる方もいらっしゃると思います。ですが、これは換言すれば普段のライブステージにおいて、音楽の表現者であるアーティストと、客席で見るお客さんという表現の受益者の二者の構図に結び付く事になり、同時にアーティストの考えや想いに直接触れることによって、表現の受益者であったお客さんもまた、アーティストと一体となって表現者となり、自らの音楽というものを形成していく、という理念のもとに本プロジェクトを遂行したいと考えてる次第です。

 月刊「摩天楼」を通じて、皆さまの今後の音楽活動や自身の表現活動に何かしらの糧となり、またそれがより多くの人々に伝われば幸いです。

*1:2曲目なしの場合はお話①の時間を延長することも可

*2:ご出演頂いたアーティストの今後のライブ情報はもちろん、HWGの今後のライブ情報を紹介する情報コーナー

テーマ詩「残暑見舞い」について

去る2021年8月25日に挙行された詩人の会にて、私の詩人処女作として執筆した自由詩「海」と、テーマ詩「残暑見舞い」(テーマ:夏の終わり)。

 

詩の内容については、noteに掲載したのでそちらを参照されたし☟

t.co

t.co

 

自らの考えや心持ちを公衆の面前にさらけ出す訓練として挑んだ詩の創作。

自由詩もテーマ詩も、一つのコトについて前者は主観的に、後者は客観的に描いています。

少なくとも詩においては、作者の意図であったり、詩の背景などを受け手が読み取ることを前提としている(と個人的に思う)ので、作者自らが解説みたいなことをするのは自らの考えに反するかもしれませんが、なんでも解説するのが好きな私は解説をしていきたいと思います。

 

ただ、完全オリジナルの自由詩については、受け手である人々の感性に依存すると思うので、作者自ら解説をする気はありません。自由に読んで下さい。自由詩なので。

他方、テーマ詩についてはあくまでも客観的に描いていること、そして様々な外部要素を織り込んで作ったので、なにをモチーフにして、それをどう織り込んだのか、こちらを少し触れていきたいと思います。織り込んだ外部要素についての話なので、詩の核心に迫るようなことは触れません。触れたら、自由詩の内容も絡んできますからね。

 

タイトル「残暑見舞い」について

今回のテーマが「夏の終わり」ということで、恐らく誰しも一度は思い浮かべるであろうワード、「残暑見舞い」。

初めて詩を作るわけだし、変に着飾るくらいなら愚直に行こうと思い、そのままこれを主軸にすることにしました。

ただ、この主軸とした「残暑見舞い」はまた、外部要素を織り込んでいる節があります。1977年にリリースされた、キャンディーズの「暑中お見舞い申し上げます」です。

www.youtube.com

この曲は、恋愛中の女性のフレッシュな心持ちを描いた明るい歌詞で構成されており、作詞をした喜多條忠さん自身「キャンディーズという素材を考えた時に、『暑中お見舞い申し上げます』というタイトル(テーマ)が、キャンディーズの3人がファンの皆さん一人ずつに、メッセージを書き送るような、そういうアットホームなタイトルには相応しいのでないかと思い、この言葉が浮かんできた時には、良いなぁと思いました」と、この言葉に込めた思いを後年振り返っています。

そもそも、「暑中見舞い」はいつ頃送るものなのだろう。そう思い、調べてみると

二十四節気の「小暑(7月7日頃)」~「立秋の前日(8月7日頃)」にかけて送るのが通例です。

とのこと。そうすると、まだ夏の暑さが本格化していない、そしていわゆる「夏休み」も盛りを迎える手前、これから夏の予定などを色々練ったりして、心が高揚するような時期に当たることになります。まさに「暑中お見舞い申し上げます」の歌詞のように、明るく爽やかなイメージが先頭に来ます。

では、「残暑見舞い」はいつ頃に送るのか。これも調べてみると、

立秋(8月8日頃)」~8月末頃までに届くよう送りましょう。遅くても「処暑の候(9月7日頃まで)」に届くように送りましょう。

とのこと。そうすると、夏の暑さが尾を引きながら終局へと向かっていき、またいわゆる「夏休み」も終わりを迎え、「暑中見舞い」の時期に立てた予定を終え、夏の思い出を振り返ったりして心が落ち着いていくような時期に当たることになります。

このことを踏まえて、夏の終わり、すなわち「残暑見舞い」は「暑中見舞い」とはある種対照的な、明るく爽やかというイメージよりかは、少し哀愁漂うイメージが来て、そしてこれから夏の予定を組んだりして心が高揚するような未来志向ではなく、過ぎし日の夏の思い出や記憶を振り返り、それらを留めるような過去志向であると、自分の中でこの詩に対する方向性が決まっていきました。

この方法性を具現化すべく、過去の思い出・記憶を振り返るべく、文章は全体的に問い掛ける形で書いていくことにしました。

 

文章の構成について

タイトル「残暑見舞い」から決まった方向性を基に、文章は過去の思い出・記憶を振り返るべく、問い掛ける形で書いていくわけですが、ここにも大きく外部要素が織り込まれています。いや、織り込まれているというか、ほとんど丸パクリかもしれませんが。

それは、1983年にリリースされた中森明菜の3枚目アルバム「ファンタジー〈幻想曲〉」に収録されている「明菜から…。」という曲(?)です。

【曲(?)】という書き方をしたのは、百聞は一見に如かず。実際に聞いてみると分かります。

www.youtube.com

 

 哀愁漂うメロディーに載せて、中森明菜が聞き手に対して様々な問いかけをしています。中森明菜の少し寂しげな口調とメロディーが相まって、何とも言えない不安や悲痛な気持ちを搔き立てられます。作詞は中森明菜本人で、俗に「明菜メッセージ」と呼ばれています。

以前、このLPレコードを買って最初に聞いた曲がこれだっただけに、その衝撃は大きかったです。この詩を作るにあたって、先述の方向性を基に構成考えた時、問いかける形で書くこと、そして「残暑見舞い」という少し哀愁漂うイメージを織り込ませるには、この曲は外せないと思いました。

結果的に、この曲の歌詞を大きく反映させた構成になりました。もちろん、詩の中身はオリジナルですし、「その○○を、留めていますか。」という部分を、展開の区切りとして挿入するなど、多少なりとも独自の改変を加えました。が、最後の締めである「いま、楽しいですか」は、この曲への幾許のリスペクトとして、そのまま引用してきました。

 

全体的に・・・

最後にですが、タイトル「残暑見舞い」が、明るく爽やかなイメージである「暑中見舞い」とは対照的なイメージであること、そして「明菜から…。」をモチーフにした少し哀愁漂う問い掛けを基調とした構成で、この詩は必ずしも前向きなものではありません。朗読では、最後の「いま、楽しいですか」をどちらかと言えば明るい感じのある読み方をされていました。ここに私の詩人としての技量の足りなさを感じました。

必ずしも前向きなものではないゆえ、最後の「いま、楽しいですか」に前向きなイメージを意図しているわけではなく、しかし、それを文字だけで、しかも事前情報なしの初見で読み取るわけですから、もう少し詩としての推敲が必要ですし、いかにしてこの意図が受け手にまっすぐに伝わるように試行錯誤すべきかを痛感しました。

そもそも、これまで触れてきたように、このテーマ詩は数々の外部要素(ここではあえて触れませんが、他にも外部要素を織り込んでいる箇所が、詩の中にあります)によって成り立っているわけで、私自身が一から生み出したものではありません。

やはり、詩を作り、それを公衆の面前にさらけ出すためには、終局的には自ら生み出す必要があると個人的には思います。そのために、まずは既存のモノからインスパイアを受けて自ら生み出せるように訓練していこう、こう考えている次第です。

詩を作るうえで意図したコトが、受け手にまっすぐ伝わるようになるまで、詩人の会などを通じて意欲的に作っていこうと思います。同席した皆さんもありがとうございました。また冬に(?)鑑賞しましょう。冬ですか、好きな季節なので多少は考えやすいかもしれません。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

I wanna love you tenderを比較する

皆さんは「I wanna love you tender」という曲を知ってますか?

 

この曲は1977年にフィンランドの歌手 Armi ja Danny が発表した曲で、「I wanna love you tender」は英訳版の題名です(現地の曲名は「Tahdon olla sulle hellä」)。

 

男女の恋模様を描いた曲で、優しさや愛に触れつつも、どこか哀しさのある歌詞に、フィンランドでは瞬く間にヒットし、日本でいうレコード大賞みないなものも取ったそうです。

 

で、この曲の何がすごい(?)かと言うと、アメリカ向けの販売用に英訳版のMVが撮影されたのですが、そのMVがとてつもなくダサいのです。

 

百聞は一見に如かず、まずはそのMVを見て欲しいのですが↓

https://youtu.be/slGLYt3--GY

歌の雰囲気とはかけ離れすぎな上に陽気に踊るバックダンサー、一発撮りのようなダンスのグダグダ感、「DA」と書かれただけの非常にダサい衣装、、、どれを取ってもダサいです

 

なぜこのようなMVになったのか詳細は不明で(何しろこの曲はApple Musicをはじめとする音楽配信サイトにも載っていない、超マイナーな曲なもので)、MVの製作元やバックダンサー(もはやバックでもないですが)たちの詳細も不明です。

 

発表直後はこのMVのダサさに誰も触れなかった(そもそも当時はあまりMVという文化がそこまで発達していなかった?)のですが、2006年にYouTubeにこのMVがアップロードされてから、「世界一ダサいMV」として有名になり、以後数々のパロディやモノマネをする投稿が相次ぎました(主に日本)。

 

 

、ようやくタイトルにある「比較」をしていきたいのですが、本家のMVがアップロードされた2006年〜2013年頃まで、アメリカをはじめとする欧米諸国でこのMVのダサさが注目され、文化祭でのパロディや、結婚式での余興ムービーみたいな形で、モノマネをする投稿が相次ぎました。

 

本家がダサいMVということもあって、真剣にダサい踊りをする投稿の数々は、普通のモノマネには見られない独特の雰囲気を醸し出しており、どれも見応えがあります()

 

最初にご紹介したいのは2007年12月にアップロードされたもの↓

https://youtu.be/6-74sl66rjg

 

以下、個人的な主観ですが、本家と比較してどれくらいダサいか、項目別に評価していきたいと思います。

 

踊りのダサさ:★★★☆☆

雰   囲   気:★★★★☆

再 現 度 合 い:★★☆☆☆

 

登場人物と概要欄から察するに男子校でしょうか。海外の学校は9月始業なので、おそらく新歓か何かの余興目的で作成されたのだと思います。踊りはダサい感じを意識してますが、意識したせいか、どこか真面目な感じがしています

ダサいという雰囲気は非常によく出来ており、編集技術がないのか、あえてこうしたのか、最後のシーンにオリジナリティが現れており、ダサさを増しています。

教室の一角で撮影したようなロケーションはダサいですが、本家への再現性を考慮すると少しマイナスポイントですね。

 

続いて、2007年3月にアップロードされたものから↓

https://youtu.be/suopsOxrqZQ

 

踊りのダサさ:★★☆☆☆

雰   囲   気:★★★☆☆

再 現 度 合 い:★★☆☆☆

 

概要欄から、アメリユタ州にあるブリガムヤング大学で撮影されたものと分かります。文化祭か何かの発表のようです。これ以外にも、文化祭か何かで発表されたものと思われる投稿は多く、当時からネットに触れていた大学生以上が多いようです。

発表モノということもあって練習してきたのか、踊りの息が比較的一致していて、かえってダサさを減らしてしまっている感じが否めません

会場の観客のウケは良いですが、映像内に映る観客はほとんど動じていないのが何とも言えません(たぶん元ネタを知らない?)。そりゃあ当時にしても30年以上前の曲だしね、知らなくても当然よね()

舞台上での発表ということもあって、本家への再現度合いはどうしても低くなってしまいます。が、その分オリジナリティ溢れる演出が所々見受けられ、構成はよく出来ていると思います(誰目線)

 

続いて、2011年4月にアップロードされたものから↓

https://youtu.be/tk4oz8kjEC0

 

踊りのダサさ:★★★★☆

雰   囲   気:★★★★☆

再 現 度 合 い:★★★★★

 

かなり手の込んだ再現をしています。本家の背景をクロマキーを使って合成しているようですが、境目がガバガバで、いかにも合成した感じがダサさを際立たせています。また元の画質が悪いのか、画素が荒れて常時ノイズが発生しているのが何とも言えません。

このレベルの再現になるとより細かい所を見ていきますが、最初の部分で1名リズムが遅れているところ、回転シーンで画面左のグループが段々右側に浸食していくなど、細かいところも再現出来ています。ただ、途中の縦一列に並んで手を出していくシーン(通称「千手観音」と呼ばれています)は、なかなか本家とまるっきり再現するのは難しいようです。

さらに、これは致命的なミスだと思いますが、歌手が登場する部分の立ち位置や顔の向きが全て本家と左右逆になっているのが惜しいです。

ただ、全体としては非常によく再現出来ており、リメイク版として相応しいクオリティではないかと思います。

 

続いて、2012年12月にアップロードされたものから↓

https://youtu.be/M0PUQIQXC0E

 

踊りのダサさ:★★☆☆☆

雰   囲   気:★★★★☆

再 現 度 合 い:★★★☆☆

 

あんまり再現している投稿が少ないですが、この動画は冒頭のシーンでミラーボールからだんだん引いていきながらダンサーを映すカメラワークを完全に再現しています。ただ、全体的に踊りのキレが良いです。ダサさが欠けています。その一方で、歌手の男性はガバガバなカツラを着用するなど、ダサいところをよりダサくしています。

歌手の女性の歌うシーンの動き、目線。ここは非常によく再現出来ていると思います。また、このために製作したのか不明ですが「MP」と書かれた衣装は本家そっくりに作られており、このMVを撮影するにあたって相当な時間と労力を要したのが伝わってきます。

ただ、先程の投稿同様、歌手の立ち位置が本家と左右逆なのが残念です。しかし、こちらはいわゆる千手観音が今まで見てきた中で一番良く再現出来ています

高身長のおじさん楽しそうですね()

 

最後は、2013年8月にアップロードされたものから↓

https://youtu.be/w9wyNvHltSg

 

踊りのダサさ:★★★★☆

雰   囲   気:★★★★★

再 現 度 合 い:★★☆☆☆

 

タイトルに「Just married」とある通り、結婚式の余興ムービーかなにかで製作されたのだと思います。最後のシーンを見る限り、歌手を演じる2人が結婚したのでしょうか。

あまり本家を意識していないのか、本家を真似るというより、フリースタイルなダサさを醸し出しています。

とにかくオリジナリティというか、「俺たちはこうだ!」という主張をしたかったのか、表情が無駄に豊かです(特に男性の方)。

結婚式というめでたい行事ということもあってか、楽しみながら撮影した様子が伺えます。

 

 

いかがだったでしょうか。

これ以外にもYouTubeで「I wanna love you tender」と検索すれば、多くの投稿動画が出てきます。今回ご紹介したのはほんのごく一部で、他にも様々な再現やパロディがあります。皆さんも興味がある方は、このダサさを再現して投稿してみてはいかがでしょうか(まとめサイトとかにありそうな終わり方)

今週のお題【第1回】

今週のお題「残暑を乗り切る」

定期的にこのブログに何か書き込みたくなったので、そんな自称暇人向けのコンテンツなのか「今週のお題」について自由気ままに書いてみる。

 

例年に比べて暑さが幾分和らいでいるように思える。

いや、昼間まともに外出していないからそう思うだけか。

 

残暑を乗り切る。

外に出ないで快適空間にいる。これに尽きるのではないだろうか。

 

残暑で思い出した。以前こんな話を聞いた事がある。

21世紀に入って環境問題の代名詞ともなりつつある「地球温暖化」だが、地球温暖化は環境問題ではないと唱える学者が存在することを、高校の地理の授業で聞いた事がある。

曰く、地球の平均気温は非常に長いスパンで上下を繰り返しており、今地球は自然と気温が上昇するタイミングであるから、人為的な原因ではないらしい。しかし、この学説には重大な欠陥がある。勘のいい人なら分かるかもしれないが、「非常に長いスパン」とはどのくらいの期間なのだろうか。これが分からないのである。正確には、「不安定であり、明確な長さが存在しない」のである。地球が誕生して早数十億年。過去の気温の変化を数多の学者が研究・分析してきたが、明確な変化周期は発見出来なった。少なくとも、「地球の平均気温は非常に長いスパンで上下する」という事が分かった程度である。

不可逆的な裏付けが存在しない以上、確たる自身は持てないが、今地球は自然と気温の上昇段階にある。可能性としては十二分にあるのではないだろうか。

もう少し考えてみると、上昇期があれば下降期も存在することになる。恐らく私達が現生にいる時には到来する事は無いだろうが、いずれ氷河期のように気温の急激な低下も可能性としては存在するのである。

隕石の衝突で恐竜が絶滅し、氷河期に突入した地球。次、氷河期に突入した時に絶滅するのは我々人類な気がする。

 

本題に戻ろう。

快適空間ー冷房の効いた室内で過ごすのが一番楽だが、少し羽を伸ばして避暑地に赴くのも悪くない。

 

先日、大学のサークルの合宿で長野に行ったが、関東とは桁違いに涼しかった。最高気温でも25度以下。夜間は20度を下回り、基本汗をかくことは無かった。山岳地帯なので急な雨には悩まされたが、自然豊かな下高井郡山ノ内町竜王周辺地域らしい)は町全体が自然の冷房そのものだった。冬場は極寒地獄だと思うが…

 

これは汚点という汚点でもないが、交通の便が自動車ぐらいしかない。自分が泊まった宿泊施設は町内でもある程度標高の高い場所にあり、自動車以外での移動手段は皆無に等しかった。最寄りの駅まで5.4㎞(長野電鉄長野線湯田中駅)、なおかつ日中は1〜2時間に1本程度。公共交通機関でどこへでも行ける関東とは違い、モータリゼーションの進行は著しい。

 

疲れてきた。まぁなにはともあれ、無理な外出は身体に毒である。暑さに耐える、対策するのでなく、暑さそのものに触れない。これが一番の対処法だろう。現実的に考えて難しいが。